アマチュア無線国家試験の問題です。

反転増幅回路の帰還ループにCRによる移相回路を入れた発振回路です。今回はこの問題を計算してみたいと思います。問題には記載されていませんが、条件として、「増幅回路の入力インピーダンスは十分に高く、出力インピーダンスは十分に低いものとする」を勝手に付け加えておきます(笑)

帰還回路の部分だけ抜き出しました。

帰還回路はこのCR回路が3段に直列接続されています。

・CR回路一段では、
位相が変化しない抵抗R成分(青)と
位相が90°進む容量C成分(赤)の
合成されたベクトル(緑)の偏角分だけ位相が変化することになります。
CR回路では、R成分があるためθは、
θ < 90° になります。
・帰還増幅回路では、正帰還になった時に発振します。つまり、反転増幅(位相反転=180°)回路を使って発振させるには、帰還回路で180°位相をずらして正帰還にする必要がありますが、CR回路二段では 移相を180°ずらすことはできないため、少なくとも三段必要になります。
なお、発振が持続するには、位相以外に帰還回路で減衰する分以上を増幅回路で増幅する必要がありますが、今回の設問では、発振周波数だけが問われているので、位相が180°になる条件だけを計算すれば良いことになります。
万能のキルヒホッフの法則を使って計算しても良いですが、今回は4端子回路網として計算してみたいと思います。(どっちが計算が楽かな?)
数学から遠ざかっていて記憶があいまいになっている方(私も)でも大丈夫なように、厳密さよりもなるべくわかりやすく詳しく計算してみたいと思います。

\(v_1,i_1,v_2,i_2には以下の関係が成り立つような係数a,b,c,dがあるとします。\\
(正しくは,\dot{v_1},\dot{i_1},\dot{v_2},\dot{i_2},\dot{a},\dot{b},\dot{c},\dot{d}ですが省略します) \)
$$\begin{align}
v_1 = a \cdot v_2 &+{} b \cdot i_2 \\
i_1 = c \cdot v_2 &+{} d \cdot i_2 \\
\end{align}$$
これを行列で表すと
$$\begin{bmatrix}v_1 \\ i_1\end{bmatrix} = \begin{bmatrix}a & b \\ c & d \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} v_2 \\ i_2 \end{bmatrix} $$
同様に二段目は、
$$\begin{bmatrix}v_2\\i_2\end{bmatrix} = \begin{bmatrix}a & b \\c & d \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} v_3\\i_3\end{bmatrix} $$
そして三段目は、
$$\begin{bmatrix}v_3\\i_3\end{bmatrix} = \begin{bmatrix}a & b \\c & d \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} v_4\\i_4\end{bmatrix} となります。$$
順番に代入して組み合わせると
$$\begin{bmatrix}v_1\\i_1\end{bmatrix} =
\begin{bmatrix}a & b \\c & d \end{bmatrix}
\begin{bmatrix}a & b \\c & d \end{bmatrix}\begin{bmatrix}a & b \\c & d \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} v_4\\i_4\end{bmatrix} $$となります。
つまり、一段目の行列を求めれば、あとはそれを使って計算することができるということですね。
では、行列の要素\(a,b,c,d\)を計算してみましょう。

$$ \begin{align}
v_1 = a \cdot v_2+b \cdot i_2 \tag{1}\\
i_1 = c \cdot v_2+d \cdot i_2 \tag{2}
\end{align}$$
コンデンサのインピーダンス(リアクタンス)は、\(\frac{-j}{\omega C}\)です。
ただし、\(\omega = 2\pi f\) (\(f\)は周波数)
表記を簡単にするために\(\frac{1}{\omega C} = X と置きます。\\
\frac{-j}{\omega C} = -jX です。\)
\(jは虚数単位です。高校で習うiと同じです。\\
電気電子工学では、電流を表すの{}iを使うことが多いので、代わりに虚数単位として{}jを使います。\\
先ずは、これから計算につかう虚数を簡単に復習しておきましょう。\)
$$ \begin{align}
&j = \sqrt{-1}\\
& j^2 = -1 \\
&\frac{1}{j} = \frac{j}{j^2} = \frac{j}{-1}=-j ,\\
&j^3 = j^2j = -j,\\
&j^4 = j^2j^2 = (-1)(-1) = 1,\\
&(a+jb)(c+jd) = (ac-bd)+j(ad+bc)\\
&\frac{1}{a- jb} = \frac{a + jb}{(a-jb)(a+jb)}=\frac{a+jb}{a^2+b^2}
\end{align}$$
a, c を求める
まずは、端子3,4をオープン(開放)にします。この時、 端子3,4間には電流が流れないので\(i_2 = 0\)です。
\( \begin{align}
式(1) から &v_1 = a \cdot v_2 + b\cdot 0 よって
&a = &\frac{v_1}{v_2} &\tag{3} \\
式(2)から &i_1 = c \cdot v_2 +d\cdot 0 よって
&c = &\frac{i_1}{v_2} &\tag{4}
\end{align} \)
\( \begin{align}
ここでv_2をv_1とi_1の関係で表すと\\
& v_2 = \frac{R}{R -jX}\cdot v_1 &\tag{5}\\
&v_2 = R \cdot i_1 & \tag{6}
\end{align}\)
\( \begin{align}
&(3)に(5)を代入して a = &\frac{v_1}{\frac{R}{R -jX}\cdot v_1} &= \frac{R -jX}{R} \\
&(4)に(6)を代入して c = &\frac{i_1}{R \cdot i_1} &= \frac{1}{R}
\end{align}\)
b, d を求める
つぎは、端子3,4を短絡(ショート)します。この時、\(v_2 = 0, i_1 = i_2\)です。
\(
\begin{align}
式(1) から &v_1 = a\cdot 0+b \cdot i_2 よって &b = &\frac{v_1}{i_2} &\tag{7} \\
式(2)から &i_1 = c\cdot 0 +d \cdot i_2 よって &d = &\frac{i_1}{i_2} = 1&\tag{8}\\
\end{align}\\ \)
\(\begin{align}
ここで v_1とi_2の関係を式で表すと\\
v_1 = -jX\cdot i_2\\
\end{align}\)
\(\begin{align}
&(7)に代入して &b = -jX\\
&(8)から &d = 1\\
\end{align}\)
行列 \(\begin{bmatrix}a & b\\ c & d\end{bmatrix} \)
$$\begin{align}\begin{bmatrix}a & b\\ c & d\end{bmatrix} =
\begin{bmatrix}
\frac{R -jX}{R} & -jX\\
\frac{1}{R} & 1
\end{bmatrix}
=
\frac{1}{R}\begin{bmatrix}
R -jX & -jRX\\
1 & R
\end{bmatrix} \tag{9}
と求まりました。\end{align}$$
行列の積
\(行列の掛け算(積)をおもいだしましょう。\)
$$\begin{bmatrix}a & b\\ c & d\end{bmatrix} \begin{bmatrix}e & f\\ g & h\end{bmatrix} = \begin{bmatrix}ae + bg& af+bh\\ ce+dg & cf+dh\end{bmatrix} でしたね。$$
\(3段つなげると\\
\begin{bmatrix}a & b\\ c & d\end{bmatrix} \begin{bmatrix}a & b\\ c & d\end{bmatrix} \begin{bmatrix}a & b\\ c & d\end{bmatrix} = \begin{bmatrix}a^2+bc & ab+bd\\ ac+cd &bc+ d^2\end{bmatrix} \begin{bmatrix}a & b\\ c & d\end{bmatrix} \\
=
\begin{bmatrix}a(a^2+bc)+c(ab+bd) & b(a^2+bc)+d(ab+ bd)\\ a(ac+cd)+ c(bc+d^2)&b(ac+dc)+d(bc+d^2)\end{bmatrix} です。
\)
これを一つの4端子回路と考え、\( \begin{bmatrix}A & B\\ C & D\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}a(a^2+bc)+c(ab+bd) & b(a^2+bc)+d(ab+ bd)\\ a(ac+cd)+ c(bc+d^2)&b(ac+dc)+d(bc+d^2)\end{bmatrix}\)とすると。
\( \begin{bmatrix}v_1 \\ i_1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}A & B\\ C & D\end{bmatrix} \begin{bmatrix}v_4 \\ i_4\end{bmatrix} \) となります。
これを展開すると、
$$\begin{align}
v_1 = A \cdot v_4 +{} &B \cdot i_4 \tag{10}\\
i_1 = C \cdot v_4 +{} &D \cdot i_4 \tag{11}
\end{align}
$$
\(v_1とv_4\)の関係を求める
\(v_4,i_4\)側は、増幅回路の入力につながってるので、増幅回路の入力インピーダンスが十分に高いとき、\(i_4 \approx 0 つまり、ほとんど電流が流れない\)と考えることができます。
\((10)で i_4 = 0 とすると v_1 = A\cdot v_4 となります。\\ \)
つまり、\( \begin{bmatrix}A & B\\ C & D\end{bmatrix}\)の成分\(A\)についてのみ計算すればよいことになります。
$$ (9)から \begin{align}\begin{bmatrix}a & b\\ c & d\end{bmatrix}
=
\frac{1}{R}\begin{bmatrix}
R -jX & -jRX\\
1 & R
\end{bmatrix}
\end{align} です。\\
\begin{bmatrix}A & B\\ C & D\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}a(a^2+bc)+c(ab+bd) & b(a^2+bc)+d(ab+ bd)\\ a(ac+cd)+ c(bc+d^2)&b(ac+dc)+d(bc+d^2)\end{bmatrix}なので、$$
\( A = a(a^2+bc)+c(ab+bd) = a^3 + 2abc + bcdを計算すれば良いことになります。\\ \)
\(簡略化のため 係数\frac{1}{R} (注: 三段にすると\frac{1}{R^3})は最後に計算するとして、\\
とりあえず、行列の成分のみで計算します。\\
a = R -jX , b = -jRX, c = 1, d = R から\)
$$
\begin{align}
a^3 &= (R -jX)^3 = R^3 -3jR^2X + 3R(-jX)^2 -jX^3 \\
&= R^3 -3RX^2 +j(X^3-3R^2X)\\
2abc &= 2(R-jX)(-jRX) = 2(-jR^2X+R(jX)^2)\\
&=-2RX^2-j2R^2X \\
bcd &= (-jRX)R = -jR^2X \\
\end{align}$$
これより
\(\begin{align}
A &= a^3 +2abc + bcd = R^3 -5RX^2 + j(X^3 – 6R^2X) \\
&= R^3 -5RX^2 + jX(X^2 – 6R^2)
\end{align}\\
が得られました。(思ったより少ない計算量ですみました)\)
\(
つまり、CR移相回路の入力 v_1と出力v_4には,\\
v_1 = Av_4 = \frac{R^3 -5RX^2 + jX(X^2 – 6R^2) }{R^3}v_4の関係があるということです。\\
(分母のR^3は、計算簡略化のために省略していた係数です)
\)
発振条件(位相)をもとめる
この回路が発振するということは、(反転)増幅回路で180°ずれた信号は、CR移相回路でさらに180°位相がずれて、結果的に360°回って正帰還になるということです。このCR移相回路で位相が180°ずれるとき虚数\(j\)の項は0になります。
\(つまり jX(X^2 – 6R^2) = 0 です。\)
$$ X^2 – 6R^2 = 0 から X = \sqrt{6}R \\
ここで X = \frac{1}{\omega C} = \frac{1}{2\pi f C}と置いたので、\\
\frac{1}{2\pi f C} = \sqrt{6}R \\
よって 発振周波数は f = \frac{1}{2\pi\sqrt{6}RC} で求められる\\
設問より R = 10[k\Omega] = 1\cdot10^4 [\Omega], C = 0.1[\mu F] = 1\cdot 10^{-7}[F] であるから,\\
求める発振周波数は f = \frac{1}{2\pi\sqrt{6}\cdot 10^4 \cdot 10^{-7}} [Hz] = \frac{1}{2\pi\sqrt{6}}[kHz] である。
$$
発振条件(利得)も求めてみる
問題は発振周波数を求めることでしたが、ついでに利得(振幅)条件も計算してみましょう。
今度は \( v_1 = v_4\frac{R^3 -5RX^2 + jX(X^2 – 6R^2) }{R^3} の
実数項 \frac{R^3 -5RX^2}{R^3} を計算します。
(上の位相条件のとおり、発振周波数では虚数項は0です)\\
上の位相条件で求めた X = \sqrt{6}R を代入して \frac{R^3 – 5R(\sqrt{6}R)^2}{R^3} = \frac{R^3 -30R^3}{R^3}=-29\\ \)
これは、CR移相回路で180°位相が回ったとき、\(v_1 = -29 v_4\)の関係になるということです。
つまり、入力\(v_1\)に対して、出力\(v_4\)は\(\frac{-1}{29}\)に減衰するというこを表しています。マイナスなので極性も反転(位相が180°ずれている)していることがわかります。
発振が持続するには、振幅が減衰しないことが必要なので、反転増幅回路で29倍以上に増幅しないといけないということが分かります。R,Cの値には依存しないんですね。
ちょっと複雑でしたが、一度自分で計算してみると理解しやすいと思います。
忘れても、もう一度計算すればよいだけです(笑)